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AVBOXのウェブサイトへ試聴レポートを寄稿する中で、長年愛用してきた我が家のスピーカーが、現代の音響技術の進化に取り残されつつあるのではないか——そんな危機感を抱くようになった。
製品レビューを書く上では、可能な限り現代の優秀録音盤をリファレンスとしたい。オーディオ専門誌の評論家が使用するSACDやCDを基準にし、自身の聴感とプロの評価との間に乖離がないかを確認することは、レポートの信頼性において不可欠だからだ。 根っからのジャズ好きである私は、15年前に念願だったJBL 4338を導入した。50〜60年代のアナログレコードを鳴らすには今なお最高の相棒だが、最新録音のSACDやCDを聴くと、繊細な音の情報量が描ききれないもどかしさを感じる場面が増えていた。その一方で、近年の最新技術を結集した小型スピーカーは、現代録音の持つ密度や空気感をいとも易々と描き出してみせる。私自身の「音のモノサシ」をアップデートすべき時が来たと痛感した。 私のレポートを参考に製品を選ばれる読者の方々の存在も背中を押し、真のモニタースピーカーとして信頼のおける「TAD-GE1」の導入を決意した。
導入から2ヶ月。初期の硬さは姿を消し、音が開放的に伸び、スピーカーの間に奥行きある音場が立ち現れるようになった。本来のポテンシャルが発揮されるにつれ、音楽の旋律を追うだけでなく、奏者が繰り出す技法の細やかなディテールまで手に取るように伝わってくる。 とりわけ印象的なのは、ビル・エヴァンスやジム・ホールといった耽美的な音世界を持つ盤をかけた時だ。互いの音の応酬が生み出すスリリングな掛け合いや、録音現場の緊迫した空気感までが見事に再現される。かつてアメリカ原盤に対して譲るとされていた国内プレス盤からでさえ、深みのある豊かな表情を引き出せるようになったことには驚かされた。
このTAD-GE1が描く世界を新たなリファレンスとすれば、今後はスピーカーのサイズや価格差を超えて、より客観的で正確な試聴情報をお届けできるはずだ。まずは第一弾として、日頃から聴き込んでいる愛聴盤たちがどのように生まれ変わったのか、その変化を辿ってみたい。
●CDプレーヤー:SOULNOTE/S-3 Reference
●クロックジェネレーター:SOULNOTE/X-3
●プリアンプ:SOULNOTE/P-3
●パワーアンプ:SOULNOTE/A-3 CORE
●アナログプレーヤー:LUXMAN/PD-171
●フォノイコライザーアンプ:Phasemation/EA-550
●カートリッジ:Phasemation/PP-2000
これまで歌が拙いと思い込んでいた歌手が、実は驚くほど巧みであったことに気づかされた。歴史的名演と称される録音の、本当の凄みが腑に落ちた瞬間でもあった。
TAD-GE1は背景が非常に静寂で、音楽の奥深さをさりげなく描き出してくる。音色は同社のReferenceシリーズに比べると濃密で、十分な音の厚みが感じられる。 再現される音像はきわめてリアルかつ等身大に展開され、ヴォーカリストが歌に込めた情熱や歌唱の妙、吐息のニュアンスまでもつまびらかにする。そればかりか、演奏者の表現力や創造性、楽器そのものの深みのある質感までも露わにしていく。 決して、一聴して人を惑わすような官能的な色気や派手な華やかさを誇示するわけではない。だが、音楽や演劇、絵画といった一流の芸術作品が湛える無駄のない技巧や静寂、調和を持っている。
日本の能の真髄を綴った世阿弥の『風姿花伝』には、少年の持つ美声や姿は一時の「時分の花」に過ぎず、能の奥義である「まことの花」は心の工夫公案(禅宗の修行のあり方を言っており、師から与えられた課題や禅問答のお題に対し、日常の生活や座禅の中で、全身全霊を傾けて取り組む修行のこと)から生まれると説く。そして「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」と続く。 そうした日本文化の伝統と美学が開発者のDNAに脈々と潜み、設計の思想的骨格となっているのではないだろうか。卓越した技術力に裏打ちされた製品であることは言うまでもないが、それ以上に「人がなぜ芸術作品に魅了されるのか」という本質を探求し抜いて完成された製品のように思えてならない。
モニター的な高い素性に豊かな抒情性が溶け込んだ、少し肩の力を抜いてじっくりと味わいたい音色である。
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1)ジューン・クリスティ:『The Intimate Miss Christy』より「Time After Time」(LP)
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スタン・ケントン楽団の名歌姫、ジューン・クリスティの真価が手に取るように伝わってくる。歌声に込められた切ない情感と説得力あふれる表現力。洗練された感性に裏打ちされた歌唱の妙が、アンニュイな空気の中から静かに浮かび上がる。以前の環境と比べ、演者の立つステージへ一歩も二歩も歩み寄ったような濃密な臨場感だ。

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2)ビル・エヴァンス:『Portrait in Jazz』より「Autumn Leaves (Stereo)」(LP)
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これまでは主旋律とベース、ピアノの掛け合いを表面的な音として捉えていたのかもしれない。TAD-GE1が微小信号まで描き出すことで、鍵盤を躍動する指先のタッチや、ベースのガット弦を弾く繊細なニュアンスまでが克明に露出する。極限の緊張感の中で互いに反応し合い、旋律を紡いでいく……「インタープレイ」という名文句が誕生した歴史的名演の凄みが、腹落ちするように理解できた。

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3)リー・モーガン:『Candy』より「Candy」「Since I Fell for You」(LP)
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トランペットが放つ金属的な閃光とともに、ピストンを操る指の動きや一瞬の息継ぎのニュアンスまでが生々しく迫る。ブラック・ミュージック特有の力強いバイタリティや情熱的な感情の起伏がダイレクトに描かれ、50年代ジャズの熱い熱量がそのまま部屋を満たす。目を閉じれば、そこにリー・モーガンが佇んでいるかのようなリアリティ。アート・テイラーの軽快なブラッシュワークも実に躍動的だ。

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4)レイフ・オヴェ・アンスネス:『Mozart Momentum 1786』(Blu-spec CD2)
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最新デジタル技術がもたらす極めて高いS/N感と無歪みな純度。オーケストラの各器楽パートが濁ることなく鮮明に分離しながら、見事な調和をもってモーツァルトの流麗な旋律を奏で上げる。艶やかに響き渡るピアノと、どこまでも透明に伸びるソプラノの歌声。音楽という芸術が持つ崇高な美しさを切り取ったような名演だ。

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5)ジェームズ・エーネス:『シベリウス:ヴァイオリンと管弦楽のための作品全集』(SACD)
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圧倒的な静寂感と歪みのなさは、ハイレゾSACDならではの恩恵だ。何もない広大な空間の中にヴァイオリンの旋律が縦横無尽に舞い、やがてフルオーケストラの大波へと受け継がれていく。一瞬の静寂とダイナミックなスケール感との対比には、息をのむほどの凄みがある。

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6)トーマース・エンコ:『Someday My Prince Will Come』より「I Loves You, Porgy〜Etude Op.10 No.3」(DSD録音)
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スピーカーの更新によって、DSD録音の真価が初めて鮮明になった。圧倒的な音場感とワイドレンジな音域の中で、透明感に満ちた艶やかなピアノが描き出され、聞き慣れたスタンダードの旋律が格別の新鮮さを持って響き渡る。TAD-GE1が見せるこうした爽やかで洒脱な表情も実に魅力的だ。
※DSD(Direct Stream Digital)録音:従来のPCM方式とは異なり、音声信号の疎密を1ビットのデジタル信号で変換・記録する方式。PCMの数十倍の超高密度な情報量を誇る。編集やミキシングに制約があるため商業的な主流には至っていないが、ソニーグループやスウェーデンのBISレーベルなどが高音質録音に採用している。

Bill Evans & Jim Hall / 『Undercurrent』
長年聴き続けてきた屈指の愛聴盤である。しかし以前は、この二人のデュオが持つ極限の緊迫感をどこか捉えきれずにいた。TAD-GE1の圧倒的な細部表現力によって、密室で繰り広げられる緊張感と、交互に交わされる旋律の妙が眼前に鮮やかに立ち現れるようになった。これからも人生の節目で聴き続けていくであろう、特別な一枚だ。

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